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経済基盤乗数:不動産需要の予想ツール

 私は、全米認定不動産投資顧問協会(CCIM)で、事業用投資不動産の市場分析の授業を教えています。先月も、大阪で授業をしたところです。今日は、この授業の一つの要である経済基盤乗数についてお話します。

 基盤産業とは、モノやサービスを市場外に輸出している産業です。輸出と言っても、経済基盤乗数の計算では、外国との貿易はないものと想定し、国内における通商のみを計算します。その理由はまた後で説明しますが、基盤産業は、その地域にお金をもたらします。また、基盤産業で働く人が必要とするモノやサービスを提供する雇用も発生します。

 例えば、アメリカにはビール醸造所があるビアガーデンがよくあり、日本でもはやり始めました。このような醸造所で作るビールは、多くの場合、そのビアガーデンでお客さんに出す、あるいはその地域に出荷して消費されます。

 しかし、サッポロビールがすべて札幌で消費されたら、札幌はえらいことになります。全国、いや海外にも輸出されて、札幌の町が潤います。ビール工場で働いている従業員は、買い物したり、子供たちを学校で教育したり、住む家を購入したりしますので、それらを提供する非基盤産業の雇用も増えるのです。基盤雇用と雇用総数の比率を経済基盤乗数と呼び、計算式は雇用総数÷基盤雇用数です。

 市場の基盤雇用と非基盤雇用の数を特定することは簡単なことではありません。一つの方法は、市場のすべての雇用主と話して、その会社が生産しているモノやサービスの何%がその市場内で消費され、何%が市場外に輸出されているかを見積もってもらうことです。サッポロビールの場合、生産されているビールの90%が札幌市場以外に出荷されているとすれば、従業員の90%が基盤雇用であるとみなされます。残りの10%は札幌のビール需要を満たしているだけなので、同じ仕事をしていても非基盤雇用とみなされます。

 しかし、札幌のすべての会社を調べるのは大変です。そこで、札幌市場の各産業セクターの雇用を、統計で調べるのです。例えば、札幌市場に50万の雇用があり、ビール製造業で働いている人が5,000人いるとしましょう。これらの数値は単なる想定ですが、この場合、ビール製造業で働いている人の割合は全体の1%(e)です。

 日本全体で雇用が5,000万あるとして、ビール製造業で働いている人が50,000人だとすると、その割合は0.1%(E)です。札幌の雇用の0.1%がビール製造業で働いているとすれば、札幌でできたビールは札幌の需要を満たしているだけで、ビール製造業は札幌の基盤産業ではないと言うことになります。でも1%の人がビール製造業で働いれば、1%-0.1%=0.9%は基盤雇用です。つまり、札幌のビール製造業の基盤雇用数は500,000×0.9%=4,500です。式は、市場の総雇用×(e-E)です。

 このようにして札幌のすべての産業を調べ、各産業の基盤雇用を合計して10万だとすると、札幌の経済基盤乗数は50万÷10万=5になります。これは、基盤雇用1につき、それをサポートする雇用が4あると言うことを意味します。と言うことは、基盤雇用が一つ増えると、雇用は全部で5つ増えると言うことです。

 例えば、サッポロビールが新しく100人雇用すると発表したとしましょう。そうすると、雇用は全部で500増えます。これは、札幌の世帯数が約500増えることを意味しており、新しく500戸の住宅が必要になります。同じように、オフィス、工業系、小売りスペースの需要も拡大し、札幌の不動産市場の予想ができると言うわけです。そんなにうまく予想できるものかと疑っておられる方は多いと思いますが、確かにこのモデルには欠陥もあります。

経済基盤乗数の欠点

 最も明白な欠陥は、海外との貿易を計算に入れてないと言う点です。サッポロビールは海外にも輸出されていますし、逆に海外のビールも日本に輸入されていますが、それは計算に入れていません。すべての通商は国内で行われると言う前提で計算されているのです。これは、海外輸出が多い自動車産業地域などの分析には、大きな欠点になりますが、この点を解決しようと思ったら、全世界の統計が必要になります。

経済基盤乗数は市場の大きさによって違う

 この分析を東京のような大市場ですると、乗数が10を超えることがよくあります。しかし、本当にそんなに雇用が増えるのでしょうか。

 市場が大きいほど乗数が大きくなる一つ明白な理由は、高位のモノとサービスを提供できるからです。高位のモノとサービスと言うのは、閾値人口の高いモノやサービスです。高位も閾値人口もあまり使わない言葉なので、これでは説明にならないかもしれませんが、高位のモノとサービスとは、人口が多くないと成り立たない産業です。

 閾値人口が非常に高い例を挙げてみましょう。首都圏にはプロ野球のチームが五つあると思いますが、私の里の松山は四国アイランドリーグのチームが一つあるだけです。これは、大市場の乗数が大きい一つの理由です。マンダリン・パイレッツの閾値人口は、ジャイアンツにはかないません。

 あまり明白には分からない理由もあります。例えば、東京くらいの大きさになると、市場内での通商が行われます。これもちょっと極端な例で、あまり適切ではないかもしれませんが、シンガポールのような都市国家を検討してみましょう。

 国全体が一つの市場ですので、外国との貿易を無視するとなると、後は狭い国内の通商しかありません。シンガポール市場の産業の雇用割合は、国全体の割合と同じになりますので、基盤雇用は0で、このモデルは成り立たなくなります。基盤雇用が0なら、分母が0ですので、経済基盤乗数は無限です。東京のような巨大市場は、日本の大きな部分を占めていますので、シンガポールに近い現象が起き、乗数が大きくなるのです。

分析の細分化

 大市場に限らず、詳しい分析をしないと乗数は大きくなります。またビールを例にして説明しましょう。アルコール飲料メーカーの雇用が日本全体に占める割合が0.5%(E)だとしましょう。札幌には、サッポロビール以外のアルコール飲料メーカーはないとします。ビールやお酒、ウイスキーなど、分けないで分析したらどうなるでしょうか。

 札幌の50万の雇用の0.5%は、500,000×0.005=2,500です。ビール製造業の雇用は5,000で、それ以外のアルコール飲料メーカーはないと言う想定ですので、基盤雇用は5,000(札幌のアルコール飲料製造業の雇用)-2,500(札幌のアルコール製造業者の雇用が日本平均と同じ場合の雇用)=2,500(基盤雇用)です。しかし、もっと細かく分けて、ビール製造業だけの雇用を見ると、全国平均は0.1%でした。札幌の雇用の0.1%は500人ですので、基盤雇用は4,500になります。総雇用数÷基盤雇用数=経済基盤乗数ですので、分母の基盤雇用数が大きいと、乗数は減ります。

 このような現象がすべての産業で起こりますので、分析を細分化しないと基盤雇用が減り、乗数が大きくなるのです。CCIMの授業では、そんなに細かい分析を授業時間内にすることはできませんので、製造業、金融業などの大きなくくりで計算し、乗数が大きくなります。これは、産業が多様化されていて、基盤産業が多い大都市だと、さらに大きくなります。

 このように、いろいろ問題のあるモデルで、改善しようとして多くの修正モデルが発表されているようですが、基本的には非常に役に立つモデルです。サッポロビールが工場を拡張して100人新たに雇うと発表すれば、そして札幌の経済基盤乗数が5なら、雇用は全部で500人(100人×5)増えます。余分に増える400人は、工業系物件で働く人もいれば、オフィスビルで働く人もいるでしょう。

 札幌の世帯数が新たに500増えると、住宅需要が500戸増えます。札幌の1世帯当たりの人数が2人だとすると、人口は1,000人(500×2)増えます。そうすれば、消費が1,000人分増え、店舗物件の需要も増えます。このようにして、不動産需要を予測することができるのです。正確な分析を自分でするのは大変ですが、経済誌などで見かけることはあると思いますので、参考にしてください。

 最後にCCIMの宣伝です。CCIMの会員は、不動産業者だけでなく、投資家、銀行員、鑑定士、弁護士など、不動産投資に関係するすべての職業が対象です。毎年、授業は全部で五つ、試験も入れると16日かかりますが、オンラインで自分のペースで受講することも可能です。詳しくはhttps://ccim-japan.com/をご覧ください。

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