フロリダの例
ハワイ州は、海面上昇によって影響を受ける地域にある物件は、売主がそれを開示しなければならないと言う法律を制定しました。しかし、海面上昇による被害を食い止める法律はありません。海岸から建物までの距離を長くする法律はできましたが、それは新築に関するもので、既存の建物の移動を義務付ける、あるいはそのための経済援助を定めた法律ではありません。内陸部の開発を奨励する法律があるわけでもありません。
海面上昇の影響を受けるのは、もちろんハワイだけではありません。その程度は州によって異なり、既に大きな影響を受けている州もあります。それらの州を見て、海面上昇がハワイの不動産にどういう影響を与えるか、予想することができます。
海岸沿いの建物が最も多い州はフロリダでしょう。フロリダ州で最も標高の高い場所は、レイクウッド・パークで、345フィート、なんと105メートルです。州のほとんどは標高12フィート(3.66m)以下で、海面上昇で最も大きな影響を受ける州であることは、間違いないでしょう。
1993年8月24日、ハリケーン・アンドリューが南フロリダを直撃しました。米国では、ハリケーンの規模を5段階で表示しますが、アンドリューはカテゴリー5で、最大級でした。風速は何と時速257キロ。大谷投手が投げても、ボールは2塁ベースに吹き飛ばされると言う計算になります。秒速に換算すると風速72mです。しかも、これは最大瞬間風速ではありません。
49,000戸が全壊しました。損失は、インフレを計算に入れると、現在の価値で$530億、今の為替で約7兆円です。過去に類を見ない保険金請求があったことは、言うまでもありません。ちなみに、東日本大震災では13万棟が全壊しました。
多くの保険会社が大損害を被り、廃業した会社もあり、フロリダ州で洪水保険を出すのを止めた会社もありました。かろうじて残った会社も、フロリダはリスクが高すぎるのではないかと公言していました。保険がなければ、ローンも出ませんので、フロリダ沿岸部の不動産市場は崩壊するでしょう。
生き残りをかけて、州議会は、公的基金による保険と再保険制度を制定しました。再保険とは、保険の保険のようなもので、保険会社の損害を補償するものです。こうして、民営の保険会社が手を引いた地域の物件が補償され、再保険によって、手を引いた保険会社が戻ってきました。これは大成功でした。沿岸地区の建築は進み、物件価値も上がりました。
ハワイ州の海岸浸食
ハワイには、このような保険の問題はありません。太平洋のど真ん中の小さな列島ですので、いつもハリケーンの餌食になっていると思うかもしれませんが、めったに来ることはありません。不動産市場が崩壊するなどということもなく、金利上昇さえなければ、上がり続けていたでしょう。
しかし、特にオアフ島のノースショアの物件は、海岸浸食の影響を受けています。ハワイ州は、海岸線から後退するなど、損害を緩和するための何らかの対処をするべきでしょうか。それとも、フロリダのように、公的基金で保険をかけるべきでしょうか。
その答は、去年、2022年9月28日にフロリダを直撃したハリケーン・イアンにあるかもしれません。カテゴリー4で、風速も時速240キロでしたが、高潮は最高5.5mで、多くの家屋が1m以上浸水しました。アンドリュー同様、フロリダ沿岸部の不動産は、大打撃を被りました。最近の報告によると、被害額は$700億を超えるようで、ハリケーンの被害としては、史上2番目です。
アンドリューからイアンまでの30年間、何度もハリケーンの被害がありました。イアンが来る前から、フロリダの保険会社は弱体化しており、公的基金を利用した再保険は、民間の保険会社を州に引き留めることに失敗していました。フロリダ州で最も多くの保険を出していたステート・ファームでさえ、市場シェアは8%にすぎませんでした。
それに比べて、フロリダで最も人口の多いマイアミ市場では、公的保険による直接補償が39%、人気のあるフロリダキー(フロリダ州南端の島々)では36%を占めています。民間の保険会社が補償してくれないからです。フロリダ州の保険は$42億の赤字です。
モラル・ハザード
最近、シリコンバレー銀行とシグニチャー銀行が銀行取付騒動で破綻したことが盛んに報道されていますが、その救済がモラル・ハザードではないかということが盛んに言われています。これは、危険を回避するための手段や制度ができることによって、人々の注意力が低下したり、自己への規律が失われたりして、危険の発生率が高まることを言います。
預金は、連邦預金保険公社によって、$25万まで補償されていますが、シリコンバレー銀行の口座のほとんどは何百万ドルもの大口でした。当初$25万までしか補償しないと言っていたのですが、バイデン政権は、全額補償することにしたのです。シリコンバレー銀行の破綻がシグニチャー銀行に波及したように、連鎖反応が起きるとリーマンショックの再来になりかねないからです。
シリコンバレー銀行は、リスクヘッジができていなかったそうです。失敗しても国が救済してくれるのであれば、危ない投資を避けなければならないと言う動機づけが働きません。正にモラル・ハザードです。
同様に、政府が保険を出すのは危険で、モラル・ハザードになりかねません。危険な物件に保険を掛けることができれば、そのような物件への投資が増え、危険な状態が改善されないままの物件が増えます。何度水害にさらされても、何の手も打たない物件が増えてしまうでしょう。
数年前、フロリダのフォートローダーデールでIREMグローバル・サミットが開かれたとき、フロリダ州で30年ローンをもらうのが難しくなりつつあると言う話を聞きました。30年後、海面がどれだけ上がっているか分からないからです。クルーズ船で食事をしましたが、市の至る所にある橋の下をくぐって、外海に出ます。海面が上がると、大きな船は橋の下をくぐれなくなるかもしれないとのことでした。
米国の住宅ローンの多くは、連邦住宅抵当公庫(Fannie Mae)や連邦住宅金融抵当公庫(Freddie Mac)などの連邦機関からローンを借りることが多いです。ハワイには、フロリダ同様、洪水危険地域にある物件が多く、洪水保険がなければローンは出ません。
しかし、民間の保険会社は洪水保険を出したがらないので、洪水保険も国が出しています。国が出しているローンを国が補償しているのです。正にモラル・ハザード。私が病気になったら、私が医療保険金を病院に支払うようなものです。
フロリダ州の洪水保険同様、これも現在$200億以上の赤字です。議会は、赤字穴埋め予算を承認し続けているわけですが、そろそろ、何らかの洪水対策を打つよう、洪水ハザード地域の自治体に要求してくるのではないかと思われます。ハワイ州にそれができなければ、洪水保険が出なくなる可能性もあり、そうなると、洪水地域の物件価値は急落するでしょう。
ハワイ州も、フロリダ同様、州が保険を出すこともできるでしょう。しかし、フロリダ同様、州の予算では間に合わなくなる可能性が大です。
海岸浸食に関する最近のハワイ州の決断
フロリダは、2000年の大統領選挙で接戦になり、再集計して、ブッシュ大統領の当選が決まりました。当時は、接戦地域と言われていましたが、現在は共和党色が強まり、デサンティス州知事は、去年の選挙で、民主党候補に20%もの差をつけて当選しました。トランプ前大統領と同じ層にアピールしていますが、トランプより若く、頭がよく、まともだと言うことで、24年の大統領選挙に出馬することが噂されています。
逆にハワイは米国でも有数の民主党地盤です。25人の州上院議員のうち、23人が民主党ですが、それでも去年の選挙で一人減ったのです。しかし、ハワイの民主党支持層は、メインランドと違って、それほど革新的ではありません。中には、共和党で出馬したら当選しないので民主党に入ったと言う、隠れ共和党議員もいると思います。
政府には頼らないと言う共和党地盤のフロリダでさえ州が保険を出したのですから、ハワイ州はもっと手厚く市民を守るために何らかの補償をしてくれるのかと思いきや、それはどうやらなさそうな雰囲気です。
アバクロンビー氏が知事であったころ(2010~2014)、マウイ島のカアナパリビーチの補修にかかる費用の半分を州が持つと約束しました。カアナパリビーチには、リゾートホテルがあり、ビーチが浸食したので、沖で取ってきた砂を埋めると言う案です。ちなみにワイキキでも何十年かに一度、砂を輸入して埋め立てていますが、ワイキキはもともと人工のビーチですので、ちょっと事情が違います。
この補修プロジェクトは$980万で、業者も決まっていましたが、州の委員会の承認が必要でした。環境保全を訴える人もいましたが、一時的処置のために税金を使うということに反対する人が多く、否決されました。
同じ委員会が、オアフ島のプナルウのビーチフロント物件のオーナーに、$188,000の罰金を言い渡しました。オーナーは地元の住民で、10年前にこの物件を購入して住んでいました。お金持ちが別荘として使っていたとか、AirB&Bで貸していたとかいうわけではありません。
購入当時から、浸食はあったのですが、こんなに早く進むとは思っていなかったそうです。砂袋や岩などを置いて、浸食を止めようとしたのですが、これは法律違反です。そのような手段は、環境破壊になるだけでなく、逆効果だそうです。
罰金はそのためのものだったのですが、州はもう一つのオプションを言い渡しました。家を取り壊して、土地を隣のプナルウビーチ公園に併合すると言う案です。土地を放棄することになりますが、どうせ住宅として長く住むことはできませんので、罰金を払うよりは損失が少なくて済みます。
これは、委員会としても苦しい判断だったようです。お金持ちの別荘であれば、それほど判断に苦しまなかったでしょう。他にも同じような違反をしているオーバーがいるのですが、甘くすると、彼らに間違ったメッセージを送ってしまうことになりますので、厳しくするよりほかなかったと言うことでした。オーナーは、判決が出てから30日以内に、罰金を払うか、土地を放棄するか、決断しなければなりません。
私も、以前から国の洪水保険には反対でした。特にハワイの場合、その恩恵を受ける人が、ビーチハウスを持つお金持ちであることが多いからです。保険のモラル・ハザードが、ハワイのハザードマップに載るようなことになっては困ります。
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