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トランプ政権の住宅政策パッケージ:構造改革と市場介入の功罪

 2025年の米国住宅市場は、金利の「ロックイン効果」によって完全に凍結されています。この状況を打破するためにトランプ政権が打ち出した「ポータブル・モーゲージ(持ち運びローン)」や「50年ローン」といった提案は、多くの経済学者や業界通から「非現実的」「借金漬け」と批判されています。しかし、これらの批判は本当に正しいのでしょうか。

 金融工学の視点や歴史的背景、そしてインフレ時代の経済論理を深く掘り下げると、これらの政策には意外な合理性が隠されていることが分かります。一方で、それらを阻む「見えない壁」や、マクロ経済政策との致命的な矛盾も浮かび上がってきます。今回は、一般論を一歩超えた視点で、この野心的な改革案を解剖します。

1. ポータブル・モーゲージ:なぜ「LTV低下」だけでは投資家を説得できないのか?

 「住宅ローンを次の家に持ち運べるようにする」というアイデアは、売り手にとっても買い手にとっても魅力的です。そして、ご指摘の通り、買い替えによってLoan-to-Value(LTV:融資比率)が劇的に下がるため、銀行にとっての「貸倒れリスク」は確実に減少します。

 例えば、50万ドルの家(ローン残高30万ドル)を売り、75万ドルの家を買う場合、売却益を頭金に入れれば、新しい家に対するLTVは60%から40%程度まで下がります。担保価値は盤石です。では、なぜウォール街はこれを「悪夢」と呼ぶのでしょうか?

本当の敵は「デュレーション・リスク」

 問題は「信用リスク(返済できないリスク)」ではなく、「デュレーション・リスク(資金が長期間、戻ってこないリスク)」にあります。米国の住宅ローン証券(MBS)を購入する投資家は、「アメリカ人は平均7年で引っ越してローンを完済する」という前提で利回りを計算しています。しかし、ポータブル・モーゲージが導入されると、低金利のローンは完済されず、次の家、また次の家へと「旅」を続けることになります。

 投資家からすれば、7年で戻ってくるはずの資金が30年間戻ってこない(デュレーションが伸びる)ことになり、資金計画が狂います。これを嫌気して投資家がMBSを買わなくなれば、皮肉なことに新規の住宅ローン金利はさらに上昇してしまうのです。

「REMIC」という税制の壁

 さらに、実務上の最大の障壁はREMIC(不動産担保証券投資導管)という税制ルールです。米国の法律では、証券化されたローンの担保を途中で入れ替えること(Collateral Substitution)は原則として禁止されており、これを行うと100%の懲罰的課税を受けるリスクがあります。

 「担保価値が十分ならいいじゃないか」という商売上の理屈は、残念ながら硬直的な税法の前では通用しません。これを実現するには、議会による抜本的な税法改正が必要になります。

2. 50年ローン:「永遠の借金」か、それとも「賢いインフレヘッジ」か?

 「50年ローンは利息を倍払うことになる愚策だ」という批判は、「貨幣の時間的価値(Time Value of Money)」を無視しています。

インフレが借金を溶かす

 50年間の支払額が変わらないということは、インフレ率が年3%であれば、50年後の支払負担は現在の価値で4分の1以下になります。つまり、実質的な負担は年々軽くなっていくのです。50年ローンは、実質的には「家賃が50年間上がらない賃貸契約(しかも最終的に自分のものになる)」と考えることもできます。余った資金をS&P500などのインデックス投資に回せば、支払う利息以上のリターンを得られる可能性も十分にあります。

歴史は繰り返す

 実は、1950年代に30年ローンが普及した際も、「一生借金に縛り付けるものだ」という道徳的な批判がありました。しかし、それが戦後の中流階級の資産形成を支えました。ポータビリティと組み合わせれば、ライフステージに合わせてローン期間を調整し、「一生に一度のローン」として運用する戦略も、理論的には十分に成り立ちます。

3. 連邦用地の解放:売却ではなく「リース」こそが切り札

 連邦政府が持つ広大な土地を住宅用に開放するアイデアは、供給不足への特効薬になり得ます。また、「グラウンド・リース(定期借地権)」方式であれば、土地の所有権を政府が維持できるため、乱開発(スプロール現象)を防ぎつつ、土地代の分だけ安い住宅を供給できます。

戦後の成功体験の「誤解」と「真実」

 よく「戦後のGI法案のように」と言われますが、実はGI法案の本質は「土地の譲渡」ではなく、政府による強力な「融資保証」でした。政府が土地を直接処分して住宅に変えた成功例は、戦中のランハム法(Lanham Act)に基づいて建設された住宅を、戦後に1944年余剰財産法で払い下げたケースです。

 今回も、単に土地を売るのではなく、政府がインフラ整備の初期リスクを負い、民間活力を利用してリース方式で開発するという「現代版ランハム法」のアプローチが必要でしょう。ただし、現在の金融システムでは「借地権付き住宅」への融資基準(ファニーメイ等のガイドライン)が厳しいため、ここの規制緩和がセットで必須となります。

4. マクロ経済のパラドックス:利上げはインフレを加速させている?

 最後に、最も不気味なのがマクロ経済の状況です。FRBはインフレ抑制のために高金利を維持していますが、これが逆効果になっている可能性があります。

金利所得チャネルとスタグフレーション

 「金利所得チャネル(Interest Income Channel)」という理論があります。政府債務がこれほど巨額になった現在、FRBが金利を上げると、政府が支払う利払い費(民間にとっては収入)が膨れ上がり、それが富裕層の消費を刺激して、逆にインフレを助長してしまうという現象です。

 さらに、トランプ政権が掲げる「関税」は、輸入品価格を押し上げる「コストプッシュ・インフレ」を引き起こします。これに対して中央銀行が金利引き上げ(需要抑制)で対抗しようとすると、景気は冷え込むのに物価は下がらない「スタグフレーション」に陥るリスクが高まります。

結論:パズルを解く鍵は「制度の再設計」

 トランプ政権の提案は、個々のパーツ(ポータブルローン、50年ローン、土地活用)には理にかなった側面があります。しかし、それらが機能しないのは、米国の住宅金融システム(MBS市場や税制)が「30年固定・持ち運び不可」を前提にガチガチに設計されているからです。

 この改革を成功させるには、単なる規制緩和ではなく、REMIC税制の改正や、借地権融資の標準化といった、金融インフラの根幹に手を入れる必要があります。もしそれができれば、これらの「異端」なアイデアは、住宅市場の救世主になるポテンシャルを秘めています。

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トランプ政権の住宅政策パッケージ:構造改革と市場介入の功罪
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