日本とアメリカの違い:「理屈」という言葉

「それは理屈だ」という反論

「理屈」と「屁理屈」の違いは何でしょう。屁理屈が論理的に間違ったロジックであれば、理屈は正しいロジックということになりますが、実際、理屈という言葉は、否定的な意味で使われることが多いと思います。人と議論をするときに、「それは理屈だ」などと言い返すことがあります。「それは屁理屈だ」と反論するのは分かりますし、実際そう反論することも多いですが、「それは理屈だ」という反論は、アメリカ人にはよく分からない理屈です。

私のように翻訳や通訳をしていると、英語にはあるが日本語にはない言葉、あるいはその逆によく気が付きます。理屈という言葉も、ぴったりする英語がないのです。なぜ、理屈という言葉が日本にはあるのでしょうか。音読みの熟語ですので、中国語から来ているのかもしれませんが、日本人は、人の意見を聞いて心情的に納得できないとき、何がおかしいのかよく分からないと、その理由を突き止めないで、「それは理屈だ」と言って片付けてしまうことが多いと思います。

英語の会話であれば、「それは理屈だ」を訳すと「That is logical(それはロジカルだ)」ということになり、あっさり相手の言い分が正しいことを認めてしまうことになります。しかし、「それは屁理屈だ」と言うと、それはロジカルではないと言っているわけですので、どうしてロジカルでないのか説明を求められて当然です。そう聞かれても答えられそうにないので、「それは理屈だ」という言葉を安易に使ってしまうのかもしれません。「それは理屈だ」というセリフが反論として成り立つということは、相手の言い分がロジカルであっても気に入らなければ否定できるということです。

西洋と東洋の違いについて、西洋は客観的、東洋は主観的だということがよく言われますが、西洋の客観性自体が理屈で片付けられてしまうこともよくあります。そして、主観を大切にすることは心を大切にすることだと、問題をすり替えてしまうこともあります。論理的に正しいことが心情的に受け入れにくいことがよくあるのは、当たり前ではないでしょうか。特に、カッとしたときやパニック状態の時はそうです。もしそういうことが滅多にないのであれば、人間は思い通りのことをすれば社会はうまく行くということになりますが、もちろんそんなことはないでしょう。感情を抑えて理性に従えるのが、人間の優れたところです。コロナウイルスと戦っている今は、特にそうです。

投資においても理屈が通用しない

これは投資にも言えることで、より良い投資をするためには、理屈に合ったことをするべきだと思うのですが、アメリカ人と比べて、日本人には理屈が通用しないことが多いと感じます。全然知らない人と話をしていても、その人の話の理屈が通っていれば、それで問題ないはずなのですが、その判断ができない、あるいは自信がないので、信頼できる人の話なら信じるが、そうでなければ信じないということになるようです。

ある薬剤師が、〇〇建設にアパート建築を勧められました。不動産屋に相談して、「そんな高い会社に建ててもらわなくても、地元の業者に頼んだ方が安くていいものができますよ。管理も〇〇建設に頼むと言われた通りにしなければならないので、地元の会社のほうがいいですよ。どうせ建てるんだったら、容積率一杯に建てた方が儲かりますよ。」と言われたにもかかわらず、大会社の〇〇建設を信用してしまったのです。

建てた後で、親戚に、〇〇建設はやばいと聞いたけど大丈夫かと聞かれ、ネットで調べたところ、クレームが山ほど書き込みされていました慌ててアドバイスしてくれた不動産屋に連絡をして調べてもらったのですが、向こう10年間の分析をすると、建てないほうが、7万円ほど資産が多く残るという計算結果だったそうです。薬剤師のような優秀な方でも、大会社だというだけで、信じてしまったのです。

後悔先に立たずですが、中には、大損をしても、騙されたということに気が付かないで、あの担当者の人はとてもいい人だったと信じ続けている人もいます。なぜですかと聞いたら、毎朝来て家の前を掃除してくれたとのことでした。実は私、今ハワイの40億の物件を買ってくれる人を探していますが、家の前を掃除して欲しい方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。

とあるフランチャイズオーナーの選択

ある一流大学を出たフランチャイズ店のオーナーが、新しくできた主幹道路に店舗を出したいと不動産屋に相談しました。この独占契約のフランチャイズ店は、地域にすでに3店舗持っていましたが、新しく四つ目の店を出そうと考えたのです。不動産屋は、狭い土地を買って4店目を出すより、既存の三つを売って、大きな店舗を一つ出した方がいいですよとアドバイスしました。理由はいくつもありました。

まず、このフランチャイズは、高位のモノとサービスで、かなり遠いところからでも来てもらえる業種ですから、1店舗でも4店舗でも、売上にそれほど大きな影響はありません。地方都市にルイビトンの店が4軒あるようなものです。また、人口が減るばかりか、業種自体が斜陽でしたので、店舗を増やす理由などありません。一つにまとめれば、新社員を雇って教育しなくても、既存の社員で間に合うどころか、リストラして収益を上げることもできます。

しかし、オーナーは税理士とフランチャイザーに相談しました。税理士は税金の相談をする人であって、ビジネスの相談役ではありません。アドバイスをして失敗すると困りますので、保守的です。フランチャイザーは、もちろん一店舗でも多い方が売り上げが伸びますので、4店舗にしろと言います。しかし、フランチャイジーは店舗が多ければ経費も多いので、売り上げが少々伸びても純利益は減るのです。

彼がいろいろ相談している間に、不動産業者が勧めた6千坪の土地は、市内のある病院と成約してしまいました。ところがその後、このオーナーは、あの土地はすごくいいところだったねと他の人が口をそろえて話しているのを聞いて、やっぱり買っておけば良かったと思ったのです。ちょうどその頃、病院との交渉が決裂し、また売りに出ました。そこで初めて購入を決断したのです。つまり、最初は購入の決断ができなかったのですが、他の人が買うことになり、他の人の評判を聞いて買わなかったことを後悔して初めて、またチャンスが来た時に踏ん切りがついたということです。

しかし、問題はまだ続きました。他の3店舗は閉めないまま、四つ目の大店舗を開いたのです。結局全店舗の収益が減り、当初の3店舗は閉めました。不動産業者の言った通りになったのです。

信頼する相手を比べている日本人

彼のように頭の良い人が、なぜこんな失敗を犯すのでしょうか。投資代替案を比べるのではなく、信頼する相手を比べているような気がします。今の日本政府のコロナ対策の緩慢さ、決断力の欠如も、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という日本人の特徴を表しているような気がします。

もう一つの大きな問題は、この例話の不動産業者のように、適切なアドバイスをすることができる業者がまれであることも否めません。このブログは日米を比べたものですが、日米のレベルの差は、不動産業者にも見られます。事業用不動産の売買で、不動産業者がこのような市場調査や財務的実行可能性の分析をするのは、アメリカでは当たり前です。みんなの力を合わせて、日本を改善していきましょう。