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カスタマー・ファースト:全米不動産協会(NAR)が独占禁止法で訴えられる

米国・日本で信用されない代表的な職業

米国で信頼されない職業の代表的なものと言えば、中古車のセールスマンと弁護士です。前者は日本でも同じかもしれませんが、米国では、ごく一部の悪徳弁護士のおかげで、弁護士は信用できないというイメージが強いのです。日本の不動産業者もそうで、地上げ時代から築き上げた悪評は、未だに改善されていないようです。不動産は、多くの人にとって人生最大の買い物なのですが、それを助ける不動産業者が信用されていないというのは、困ったものです。

日本に移住した米国人が不動産会社にもつ印象とは

先日、日本に移住して30年になる日系アメリカ人の友人が、日本でマイホームを購入しました。今まで、2回、分譲マンションを購入したことがありますが、戸建ては今回が初めてです。彼は、ハワイでは不動産のエージェントをしていたので、不動産取引のことはよく知っています。

驚いたことに、今回、彼は業者を雇いませんでした。彼に言わせると、日本の不動産業者は買主の代理人としてその利益を守る人ではなく、不動産取引がうまく行くように取り計らってくれる人だというのです。もちろん、取引が成立すれば、業者は儲かりますので、買主のために働いているわけではないというのです。

彼は、今までに雇った業者が悪徳だったと言っているのではなく、日本の不動産取引の仕組みが米国とは違っており、売主と買主の両方に業者をつけて3%もコミッションを払う必要性を感じないというのです。エージェントという言葉の意味は代理人ですので、米国では買主や売主の利益を守る人ですが、日本ではその名の通り、どちらにもつかない仲介業者だというのです。以前彼のマンション購入を助けてくれた業者は、良心的な業者だったと思いますが、そんなふうに思われたのだと聞いたら、きっと驚くでしょう。

全米不動産協会(NAR)が独占禁止法で訴えられる

だからと言って、米国のシステムが完璧であるということではありません。今、米国の不動産業にも大きな変化が起きています。全米不動産協会(NAR)が司法省から独占禁止法で訴えられたのです。NARは事業者団体で、政府機関ではありませんので、司法省が訴えても不思議ではないのですが、訴えたその日に示談になっていますので、訴状を提出する前からNARと交渉をしていたのでしょう。

訴訟最大の争点はコミッションでした。米国では通常売主がすべてコミッションを払いますが、売主のエージェントと相談して、買主のエージェントに払うコミッションを決めます。それを開示するべきだというのですが、そうしないと、買主のエージェントは、コミッションの高い物件をクライアントに紹介するので、利益相反になるわけです。

コミッションの開示は手数料率の低下を招く

これにいち早く目をつけたのはネット業者で、レッドフィンは、訴訟前からコミッションの%を開示し始めました。ネットを使った薄利多売のビジネスモデルですので、コミッションが減ってもいい、いや、コミッションを減らしてシェアを拡大したいというわけです。NARと司法省の示談には、コミッションの開示が一つの条件になりましたので、近いうちに、全ての市場でコミッションが開示されることになるでしょう。リマックスは、従来のフランチャイズの中ではいち早くコミッションを開示しています。

ちなみに、2012年の買主側エージェントのコミッションは平均2.8%でしたが、2020年は2.7%に下がっています。iBuyerのコミッションは、2019年が2.8%、2020年は2.5%です。売りも買いも、ずっと3%だったのですが、これは他の先進国の約2倍で、同じ3%の日本の将来が危ぶまれます。

開示されると、コミッションが高い物件を購入する買主は、エージェントに何らかの形でそれを還元することを求めるようになるでしょうし、消費者からコミッションを下げるようにプレッシャーがかかって来るでしょう。現在売り手市場であるばかりでなく、この訴訟により、今年は減少傾向が加速すると思われます。

米国のエージェントの数は半分になる

従来のフランチャイズはこれに対抗しようともがいています。私が属している独立系不動産会社(米国ではエージェントは自営業なので、社員ではない)の主任ブローカーは、去年まで米国最大級のフランチャイズでエージェントとして働いていましたが、多くのクライアントからコミッションの値引きを要求されたそうです。彼自身は値引きをしても良かったのですが、社長がそれを許さなかったので、総額20億円近くの案件を失ったそうです。彼がそのフランチャイズを辞めたのも、これが一つの理由でした。

元全米不動産協会理事のライアン・ローデンベック氏は、米国のエージェントの数は半分になるだろうと予想しています。レッドフィンのように、営業はネットがやってくれて、エージェントは自営業ではなく社員として流れ作業のように仕事をすれば、140万人ものリアルターは必要ないのです。

日本ではなぜIT革命が起きないのか

そこで思ったことですが、なぜ米国ではこのようなIT革命が起こるのに、日本は遅いのかということです。日本は縦社会で、歳を召した会社の経営陣の中にITを理解できる人がいないとか、変化を嫌う文化であるとか、色々思いつきますが、一番の理由は、お客さんのニーズを満たせば最終的にはそれが会社の儲けにつながるという信念を持っていないからではないかと思います。これは、ITが顧客のニーズを満たす助けになると言う以前の問題です。

例えば、今米国で起きている一つの熾烈な戦いを例に挙げてみましょう。私のブログでも何回か紹介しましたが、現在、ジローやオープンドアなどのiBuyerと、ノックなどのブリッジと呼ばれるビジネスモデルが、競い合っています。iBuyerは転売で、売主が指定する日に買ってくれるので、次の家を購入するときに、「売れたら買う」という条件を付ける必要がないのです。

それに比べて、ノックのようなビジネスモデルは、簡単に言えば自宅が売れるまでつなぎ融資を出してくれるのです。米国では、つなぎ融資のことをブリッジローンと呼びます。ノックは自宅の売却もしてくれますが、このモデルに共通しているのはつなぎ融資で、それがノックの収入源なのです。

iBuyerとブリッジ、どちらが支持されているのか

この二つのモデルのどちらがいいでしょうか。最近の調査によると、ブリッジを好む消費者が、iBuyerの5倍という結果が出ています。それは、ブリッジの手数料の方が安く、今は売り手市場なので、売れるかどうかの心配があまりないということのようです。ブリッジの手数料は1.25~3%で、iBuyerは、2019年の7.6%から去年は6%まで下がりましたが、まだかなりの差があります。ちなみに、最も低いのがオープンドアで、4.6%ですが、そのほかは7~8%です。

また、iBuyerの買い取りは、2019年は市場価値の98.6%でしたが、20年は95.1%という統計が出ています。しかし、iBuyerの利用者の顧客満足度は高く、10段階評価で平均9点獲得しており、少々損をしても安心できる方が良いという人も多いということです。iBuyerのオファーを受け入れる売主の割合は、2019年第4四半期の4.2%から、2020年第4四半期は6.1%に上昇しています。それに比べて、つなぎ融資のオファーを受け入れた売主は31%で、iBuyerの5倍です。ブリッジの中央値は$425,000ですが、iBuyerは$265,000で、お手頃物件ほど後者を選ぶ傾向があるようです。

従来モデルのリアルターにとっては死活問題

この二つのビジネスモデル、カスタマーのニーズをよりよく満たせるものが勝ち残ると思うのですが、どうでしょうか。どちらのモデルが勝つにしろ、従来のモデルのリアルターにとって、これは生き残れるかどうかの死活問題で、特に仲介業者のオーナーはかなりナーバスになっているようです。ジローのような会社が不動産のアマゾンになるのは時間の問題だと言う感じです。

顧客ニーズを満たす会社が勝ち残る

この過渡期にあって、事態の展開を見ながら思うことですが、米国では、結局顧客のニーズを満たす会社が勝つということです。弊社では、サラリーマンのワンルームマンション投資に見られるような詐欺まがいの商法をどうにかして防ぎ、本当にお客様の役に立てるサービスを提供することを目標として、何億ものお金をかけて多くのソフト、アプリ、エクセルシートなどを開発してきましたが、どうしても打ち破れない問題がありました。弊社が取り扱っているのは主に事業用不動産ですので、収益率や節税などのシミュレーションが鍵になるのですが、他の不動産会社に利用していただこうと思っても、難しすぎてほとんどがそれを使えないということです。もう一つの問題は、顧客のことより自社の儲けを優先している不動産会社が多いということです。

先日の戦略会議では、これらのサービスを他社に利用してもらうのではなく、弊社が顧客に直接提供したらどうかという案もできました。その実績ができれば、それを真似てくれる会社も現れるでしょう。業者ファーストではなく、カスタマー・ファースト。それが、カスタマーだけではなく、会社、そして最終的には社会の改善につながるのではないでしょうか。米国でも、コミッションが下がれば不動産流通が改善し、売買がより頻繁に行われることによって、iBuyerやブリッジはより栄えることになるでしょう。

 

参考 Redfin: Real estate commissions will drop due to iBuyers, public displayinman

 

参考 DOJ sues NAR, alleges illegal restraints on Realtor competitioninman

 

参考 50% of agents will leave: One broker predicts real estate's futureinman

 

参考 Sellers choose 'buy-before-you-sell' offers 5X more than iBuyer offersinman

 

参考 Redfin to display buyer's agent commissions in 65 marketsinman