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妻の赦し

イースター(復活祭)について

イースター(復活祭)は、キリスト教ではクリスマスに次いで大きな祭日ですが、キリストの復活を祭る祝日で、毎年日曜日です。しかし、どの日曜日にするかと言うのは、陰暦に基づいていますので、毎年変わるのですが、今年は4月4日です。その二日前の金曜日、つまり今日がグッド・フライデー(聖金曜日)と呼ばれ、キリストが十字架にかけられた日ですが、米国の祭日ではありません。しかし、ハワイ州では祭日になっていますので、休む会社もあります。私はボランティアで牧師をしていますので、クリスマスとイースターくらいは毎年キリスト教にちなんだブログを書くことにしています。

マイホーム購入時のトラブル

私が新米の不動産エージェントだったころ、マイホームを購入することにしました。安く売りに出ていた家を見つけて、売買契約を交わし、早速、点検をしてもらったところ、直さなければならないものがあったので、修理してもらうことを契約に追加しました。ところが、いつまでたっても直してくれません。修理代を差し引いてくれるというので、その契約を書いて渡したのですが、サインしてくれませんでした。
家の値段に比べると大した額ではないので、私は諦めることにしたのですが、売主の知り合いがもっと高く買ってくれることになったので、私には売らないと言い始めたのです。もちろん、売買契約をしているので、それは契約違反なのですが、強制的に売らせるためには、裁定人を雇って仲裁をしてもらわなければなりません。そんなことに時間とエネルギーを使いたくはないので、解約することにしました。
そこで主任ブローカーに相談したところ、私も契約違反をしているかもしれないと言われたのです。それは、売買契約の一つ条項を私が誤解していたことが一つの原因でした。「クロージング(引き渡し)の〇〇日前」という表現がハワイ州で使われている契約書に何度か出てくるのですが、この取引は、売主が修理をしなかったことや、ローンの承認が遅れたことなどで、売買契約書のクロージングの日付を大幅に延長していたのです。

当時の契約書の不条理な解釈

私は、当然、クロージングが延長されれば、「クロージングの〇〇日前」という日付も一緒に延長されると思っていたのですが、そうではなく固定だったのです。「クロージングの〇〇日前」もクロージングと一緒に延長したい場合は、それらの日付を全部書き直す必要があったのです。実は、この解釈はおかしいということで、その数か月後、改正され、結局私の解釈通りになったのですが、この時点ではまだ古い解釈に基づいていました。
この解釈改定と同時に、もう一つ改定されたことがありました。それは、どちらかが契約義務を怠った場合、相手側がそれに対応する行動を取るまでは、不履行とはみなされないということです。つまり、私は契約書に書いてある日付までにしなければいけないことをしてなかったわけですが、それに対して売り主は何も行動を起こしていませんでしたので、不履行とはみなされないということになったのです。もちろんこれもこの事件の後で改定されたことでしたので、この取引には適用されませんでした。

私はもともと非常にのんきな性格なので、心配事など、数年に一度くらいしかありませんが、このときは落ち込んでしまいました。主任ブローカーには叱られるし、それどころか手付金の2万ドルが戻って来ないかもしれません。私はこのことを家内に打ち明けなければなりませんでした。

妻の意外な反応とは

その数年前、私は当時住んでいた持家に太陽光パネルを36枚設置しました。連邦政府から35%、ハワイ州政府から30%の税額控除がありましたので、実際の私たちの費用は残りの35%でした。州政府に出す税額控除の申し込みを封筒に入れて、郵便で送るように家内に渡しておいたのですが、何と家内が出し忘れてしまって、もらえるはずの$14,000がもらえなくなったのです。

その時、私は家内を責めませんでした。私たちの夫婦喧嘩は、私がつまらないことで家内に文句を言って、家内が馬鹿げた言い訳をし、私がそれに腹を立てて喧嘩になるというのがいつものパターンなのですが、このときばかりは、事の重大さに、家内も何も言い訳をしませんでした。私も、反省している家内を責めたところでどうなるわけでもないので、我ながらよく対処できたと思っていたのです。

あの時に私が家内を赦したので、今回は家内が私を赦してくれるだろうと思って打ち明けたのですが、家内の態度は私の期待とは全く違うものでした。家内は、一口も私を非難しないどころか、2万ドルのことなど気にもしないで、私を励まし慰めようと一生懸命だったのです。改めてこの人と結婚して良かったと思わされた出来事でした。

同時に、太陽光の件で家内を責めなかったので、良く対処できたと思っていた自分が、恥ずかしくなりました。しょげている家内を励ましたり慰めたりできなかったどころか、そんなことをしようという考えすら浮かびませんでした。責めないで赦すということだけで上出来だと思っていたのです。

妻の赦し

 キリスト教は罪の赦しを教える信仰ですが、神の赦しとはこういうものだと思わされました。私が家内を赦した時、家内はちっとも嬉しくなかったと思いますが、家内が私を赦した時は、驚くばかりの感激でした。神の赦しもそのようなものだと思います。
手付金は無事に戻ってきました。売主も私以上に不履行でしたから、当然でしょう。売主のエージェントは、知り合いに売って両方のコミッションをもらった方が得だと思ったのでしょう。修理しなくても良いという私の契約修正は、売主には見せることさえしなかったのかもしれません。

「我らに罪を犯す者を我らが許す如く、我らの罪をも赦したまえ。」(主の祈り)