今回は、弊社が依頼を受けたある居住系開発業者の米国市場進出に関する報告書です。もちろん、実際の報告書は、その会社の事情や弊社の人脈などに基づいたものですが、これは、開発業者に限らず、米国の戸建投資に興味のある方なら、どなたにも当てはまる内容です。
近年、高金利・高価格の“ニューノーマル”が常態化する米国住宅市場において、構造的な住宅不足と中古住宅の供給制約によって、新築住宅には独自の成長機会が生まれています。そんな中、米国未進出の日系デベロッパーにとって、いかに効率的に市場参入し、安定的に事業を運営するかが極めて重要なテーマとなっています。
この記事では、米国住宅市場の構造と、成功するためのステップを簡潔にご紹介します。
■ 今こそチャンス:米国住宅市場の現状
2025年の米国住宅市場は、高金利(6〜7%)とインフレ継続によって住宅取得能力が低下。特に中古住宅市場では「ロックイン効果」により売主が動かず、供給が不足。これにより、新築住宅への需要が集中しています。
「ロックイン効果」とは、過去に低金利で住宅ローンを組んだ人が、現在の高金利では住宅を買い替えたくなくなる現象のことです。例えば、過去に年2.5%の金利でローンを組んでいる人が、今買い替えると年6.5%のローンになってしまうため、引っ越しや住み替えをためらい、現在の家に住み続けることを選びます。その結果、多くの人が家を売らなくなるため、中古住宅の流通量が減り、市場に出る物件が不足するのです。
新築住宅は、購入者向けに金利買い下げなどのインセンティブを提供できるため、競争優位にあります。金利買い下げ(レート・バイダウン)とは、住宅購入時に売主(ビルダーなど)が費用を負担して、買主の住宅ローン金利を一時的または恒久的に引き下げる仕組みです。これにより、月々の返済額が下がり、買主の負担が軽くなるため、住宅が売れやすくなります。
さらに、構造的な住宅供給不足も追い風に。つまり、今は「適切なエリアで、適切な手法で参入すれば成功しやすい」環境にあるのです。
■ 参入戦略:最適な市場と方法を選ぶ
市場選定の結果、次の2エリアが特に有望です。
- 第1候補:テキサス州(ダラス・フォートワース)
- 高い人口・雇用成長
- 法人税ゼロ、土地取得チャンスあり
- 第2候補:ノースカロライナ州(ローリーまたはシャーロット)
- 安定した成長、低い法人税率(2.25%)、アフォーダビリティ良好
特にテキサスの住宅市場は今「調整時期」にあり、在庫が増え、価格が下落傾向にあります。一見すると悪い状況に見えますが、これは新規参入者にとってチャンスです。その理由は、
- 土地やプロジェクトを割安で取得できる
- 競争が一時的に緩和されている
- 将来的な人口・経済成長が見込まれるエリアなので、中長期では回復・拡大が期待できる
つまり、「調整=買い手市場」となっており、資本力のある企業が安く入り、将来の成長を狙えるタイミングだというわけです。
推奨参入手法:現地ビルダーの買収
日系大手(積水、大和、住友林業)も採用している通り、自社でゼロから事業を始めるのはリスク・資金調達面で不利。米国で実績を持つ中堅ビルダーの買収により、現地金融機関からの信用を得やすくなります。
■ 米国での法人設立とビザ戦略
- 法人形態:デラウェア州のCコーポレーション
デラウェア州を選ぶ理由は、
法制度の安定性と信頼性
全米で最も洗練された会社法が整っており、企業間の紛争にも対応しやすい。
投資家・パートナーからの信頼
上場企業の多くがデラウェア籍で、VCや機関投資家からの評価が高い。
柔軟で効率的な法人運営
取締役の構成や議決方法など、経営の自由度が高く、迅速な意思決定が可能。
- ビザ:L-1A(企業内転勤者)
- 日本本社から役員を派遣可能にするために最適
加えて、米国の税法「FIRPTA」では、外国人による不動産売却益に15%の源泉徴収が課されます。これを軽減・免除するためには源泉徴収免除証明書または源泉徴収減額証明書(Withholding Certificate)の事前申請が不可欠です。
■ 許認可と地域住民との関係が最大の壁
米国では建設コスト以上に、「許認可(エンタイトルメント)」と地域住民の反対(NIMBY)が大きなリスクです。NIMBY(ニンビー)は、”Not In My Back Yard”(私の裏庭にはごめんだ)の略です。「開発や公共施設の必要性は理解するが、自分の住む地域には来てほしくない」という住民の反対姿勢を指します。住宅開発、ゴミ処理場、発電所、低所得者向け住宅などに対してよく見られます。都市開発や不動産プロジェクトでは、このNIMBY感情が許認可の遅延や計画変更の原因になることがあり、リスク管理上の重要なポイントとなります。
成功のカギは以下の通り:
- 専門の土地利用弁護士やコンサルとの連携
- 地域住民との早期コミュニケーション
- 公聴会への準備と支持者の動員
■ 建設・資金調達の実務的ポイント
米国での建設ローンを確保するには、以下の点が重要です。
- 過去の開発実績:最低2件のプロジェクト経験が求められる
- 自己資本比率:少なくとも事業費の17.5%~35%が必要
- 現地ゼネコンとの信頼関係:金融機関は承認済み請負業者を重視
ここでも、経験ある地元ビルダーとの提携・買収が大きな意味を持ちます。
■ 結論:戦略的な参入で米国市場を味方に
米国住宅市場は一見ハードルが高そうに見えますが、構造的な供給不足と制度面でのインセンティブを理解し、現地の専門家と連携すれば、大きなチャンスが広がっています。これから米国での住宅開発に挑む日系デベロッパーにとって、今はまさに「戦略的に入る」べきタイミングです。
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