NHKで、10回シリーズ「正直不動産」が4月5日火曜日から始まりました。今日は、その第2話で取り上げられたトピックについて解説します。毎回、いくつかのトピックがエピソードに出てきますが、日本の不動産業界で浸透している問題を取り上げて、解説したいと思います。
第2話は、賃貸契約後、入居前に家賃を上げた大家さんの話が中心ですが、これはそう多発している問題ではありませんので、解説する必要はないかと思います。しかし、冒頭で出てきた媒介契約の形態と両手仲介は、日本の不動産業界の一つの大きな問題です。
あるお客さんが物件を売りたいと主人公の長瀬に持ち掛けます。長瀬は、3種類の媒介契約があることを説明します。専属専任、専任、一般です。客にどれがいいかと聞かれた長瀬は、嘘がつけないので、一般だと答えるのです。
専属専任、専任、一般
三つの違いを簡単にご説明しましょう。専属専任とは、契約する一社に売却を任せるもので、仮に売主が自分で買主を見つけても、契約した業者にコミッションを払わなければなりません。専任はそれと似ていますが、自分が買主を見つけた場合はコミッションを払う必要がありません。一般は、複数の不動産業者と契約して、実際に成約した会社にコミッションを払います。複数の会社が営業をしてくれますので有利だというのが、長瀬の意見です。
ところがこのお客さん、不動産業者は信頼できないと考えています。長瀬は嘘がつけないことを知らない彼は、彼のライバルの営業マン、桐山の話を信じてしまうのです。「複数の業者に頼むと、必ずコミッションがもらえるという保証がないので、一生懸命売ってくれない。一番いいのは、専属専任だ。」と言うのです。この意見は一理あると思いますが、この番組では、彼のこじつけに過ぎないという扱いです。
三つの中でどれが良いかという以前の問題
私は、この三つの中でどれが一番良いかということが本当の問題ではないと思っています。それを説明するために、米国の話から始めましょう。
実は、米国には基本的に専属専任しかありません。自分が買主を見つけた場合でも業者にコミッションを支払わなければならないというのは、おかしいと思われる方が多いでしょう。しかし、専任には二つの問題があります。
一つは、米国では売り側のエージェントあるいはそのエージェントを雇っている仲介業者が、かなりの費用を自前で出して営業することです。ちなみに、米国では、多くの場合、エージェントは仲介業者の従業員ではなく、仲介業者ののれんを借りている自営業です。
例えば、最近は、売り物件の3Dツアーを作成することが多くなりました。これは、家の大きさにもよりますが、利用者が増えるにつれ安くなってきたとは言え、何百ドルもかかります。3Dツアーは作らなくても、写真はプロに頼むことが多いです。高級物件は、ビデオもプロに頼むことがあります。コミッションをもらえるかどうかわからないということになると、これらの費用を出すことを躊躇するかもしれません。
また、専任が増えると、買主が売主に直接連絡して、コミッションを払わなくてもよくなるからその分値引きしろ、という要求が横行するようになるかもしれません。米国には、MLS(マルチプル・リスティング・サービス)というものがあり、ほぼすべての市場で使われています。通常これに物件を載せないで売ることはありません。この情報は、業者だけでなく、だれでも見ることができますので、買主が売主に直接連絡しようと思えばできるのです。
ハワイで最も高く自宅を売った私の株のマネージャー
もうかなり昔の話ですが、私の株のマネージャーは、当時ハワイ最高の取引価格で自宅を売りました。ある大きな仲介業者の有名なエージェントに頼んだのですが、結局買い手を見つけることができず、彼は自分で買主を見つけたのです。それでもエージェントにコミッションを払わなければならないので、彼はそのことを非常に不満がっていましたが、専任制度は悪用されるかもしれません。
なぜ米国には一般媒介契約がないのでしょうか。これはそう簡単に答えられる質問ではないと思いますが、両手仲介の仕組みと深くかかわっていると思います。両手仲介とは、一つの不動産業者が売主側と買主側両方の依頼を受け、両方からコミッションをもらうことで、日本では非常に多いのです。これは、媒介契約の三つの形態などより、比べ物にならないくらい大きな問題です。
両手仲介の利益相反
売主は、契約した不動産業者ができるだけ売り物件を宣伝してくれることを望むでしょう。しかし、多くの業者は両手をやりたいので、自分で買主を見つけようとします。自分で見つけるためには、自社外で宣伝しないほうが良いのです。大手の不動産会社は、社内に十分な営業マンがいますので、売買取引の8割くらいが両手です。小さな不動産屋だと、3~4割くらいだと思いますが、中には両手しかしないという業者もいます。
ちょっと脱線しますが、米国にはMLSがあるという話をしました。日本にはレインズというMLSに似たシステムがあり、売り物件はこれに載せなければいけません。しかし、一般媒介契約であれば載せなくてもよいので、大手仲介業者は、敢えて一般媒介契約を結び、他社が買主を連れてくることがないようにして、両手仲介をしようとします。大手仲介業者に一般を勧められたからと言って、必ずしも良心的だと思ってはいけません。
話を元に戻しますが、だんだんと、これは契約形態以前の問題だということがお分かりになったでしょう。米国では、不動産営業マンのことをエージェントと言いますが、エージェントとは代理人という意味です。代理人が売りと買いの両方の代理になることは、矛盾しています。売主はできるだけ高く売りたい。買主はできるだけ安く買いたい。利害関係が競合する両者の代理をすることはできません。一人で検事と弁護士を務めるようなものです。
米国では両手仲介は少ない
もちろん、シェア10%の不動産フランチャイズのエージェントが買主のために物件を探す場合、見つかる物件の10%は自社のエージェントが売主の代理人を務めているものです。ですから、全取引の10%は両手になりますが、両手の割合は日本と比べ物にならないくらい低く、両手はしないというポリシーの業者もあるくらいです。両手は利益相反になり、何か問題があって訴えられると勝ち目がないというのがその理由です。
米国のように、エージェントが代理業であるということが徹底しており、売り物件の情報が開示されていれば、専属専任だけでよいのです。米国人に一般媒介契約の話をしたら、きっとアンビリバボー(信じられない)というでしょう。
日本在住の元ハワイのエージェントが自宅買い替え
私の知り合いに、日本に住んでいる日系アメリカ人がいます。彼はもう30年以上日本に住んでいますが、その前はハワイに住んでいて、エージェントをしていました。日本では、2回、自宅を買い替えましたが、2回目は、不動産業者を雇いませんでした。
彼が言うには、日本の不動産業者は、顧客の利益を守る代理人ではないというのです。不動産取引がうまく行くように世話をしてくれるが、それなら売り手と買い手に一人ずついなくてもよいというのです。日本の仲介業者は、その名の通り仲介であり、両者の調整役でしかなく、顧客の利益を守る代理ではないというのが彼の意見です。先程の検事と弁護士のたとえを使うと、日本の業者は仲裁人という立場に近いでしょう。
正直不動産の長瀬同様、つい本当のことを言ってしまう河野社長
米国最大の職能団体は全米不動産協会(NAR)で、会員数は153万人です。国土交通省や、その他の不動産団体も、NARから多くを学び、取り入れようとしています。私が属している全米不動産管理協会(IREM)と全米認定不動産投資顧問協会(CCIM)も、NAR傘下の団体で、日本にも支部があり、弊社の河野社長は、両支部長を務めたことがあります。
もうだいぶん前のことですが、IREM日本支部が国土交通省住宅課の方を招いて、プレゼンをしていただいたことがあります。河野社長もその方にご挨拶をしたのですが、彼は正直不動産の長瀬を地で行っている人ですので、日本の不動産業界の問題をなりふり構わず初対面の講師にぶつけてしまいました。いつものことなのですが、顰蹙を買ってしまったのです。
その後、IREM日本支部も国土交通省住宅課との関係が深まりましたが、河野社長は、前回のこともあり、住宅課課長と会わせてもらえませんでした。IREM仲間の話によると、当時の課長さんも、NARを視察して、日本の不動産業界の改革を目指していたそうです。両手仲介を止めることも、彼の改革案の一つでした。
ところが、大手企業のみが会員になれる天下り不動産団体から反対を受け、課長さんは他の部署へ。こういうことはよくあるそうですが、この方は特に改革に意欲的だったそうで、社長も残念がっていました。
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