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早期退職して喫茶店経営

 このブログは、ご本人を特定できないようにするため、複数の実例を一つのエピソードにまとめてお伝えします。

 ある地方都市のサラリーマンの方から、早期退職して、所有している駐車所にビルを建て、趣味のジャズ喫茶を経営したいというご相談が、弊社の河野社長にありました。

 この御夫婦は、既に飲食店内装専門のデザイン会社に依頼して、いくつかデッサンもできていました。また、そのデザイナーの紹介で、コーヒーの淹れ方教室に通ったり、道具、テーブルや椅子の製造業者を見に行ったりしていました。後はどのコーヒー業者と提携するか、どの道具屋さんに決めるかと言うところまで来ていたのです。

 弊社はこの方の駐車場を管理していましたので、相談というより、その解約を通告することが目的だったようです。社長は、ジャズ喫茶をするためだけにこの土地を利用するくらいなら、現状の駐車場のままの方が、経済的にはまだましだと思いました。また、高齢ですから、そんなに長くお店を続けられないと思ったのです。

 退職金や貯金があり、資金面の心配はなかったのですが、どうせなら経済的に良い方がいいに決まっています。そこで、複数プランのシミュレーション比較検討を提案しました。現状のまま、ジャズ喫茶建設経営、容積いっぱいのマンション、容積いっぱいのマンション+ジャズ喫茶の4つのシナリオのシミュレーションをしました。

 すると、圧倒的にマンション建設が良いことがわかりました。また相続対策にも最適です。御本人は、相続対策など考えたこともなかったそうで、初めて気づかれたようでした。

 奥さんはご主人の実家で八百屋を継いだちゃきちゃきの商売人でした。社長は、この奥さんとお会いして、この人ならジャズ喫茶経営に向いていると直感したそうです。そこで、容積いっぱいのマンション+ジャズ喫茶のオプションを勧めたのです。

 建設予定地は、この地方都市中心部から少し離れた近隣商業地で、容積率300%でした。それを考慮して、どうすれば経済的にジャズ喫茶ライブハウスが実現するか、提案書を作成しました。

 それには、この都市の人口動態、新築共同住宅の需給バランス、タイプ別の家賃動向、この都市の上場会社の転入状況、上場会社の支店人員動向、産業基盤分析などの調査をする必要がありました。これらの調査を通して、この土地の最有効利用は、少し広めの1LDK賃貸マンションであると判断したのです。

入札

 次に、どのようにすれば最も経済的に建設できるかを考えなければなりません。まず設計士を選択して、建築会社の競争入札をすることになります。競争をして、「良いものを安く」と提案したかったのですが、そう簡単にはいきませんでした。ご主人は頑として今までお願いしていたデザイナーに任すと言い張ります。奥さんはそうではなかったのですが、ご主人はこのデザイナーは昔から知っている上、センスがいいと言い張るのです。

 では、このデザイナーにもコンペに参加してもらってはどうかと言うと、ご主人は難色を示しました。そこで奥さんが、「お父さん、競争してこのデザイナーが一番だったらそれでいいでしょう。ほかのプランも見ることが出来ていいんじゃない?」この鶴の一声で競争入札が決定したのです。

 そうしたところ、デザイナーの方から、ジャズ喫茶だけをマンション建設工事から切り離して請け負わしてくれとお願いされました。ご主人はどうしてもこのデザイナーに義理のようのものを感じていたようで、これを強く推してきました。

 これを聞いて、社長はピンときました。談合です。デザイナーは、せっかく時間をかけて設計案を作っても、採用されなければ1円にもなりません。そのため、談合することが多いのです。ほかのデザイナーに設計と見積を依頼しても、結局このデザイナーが落とせるように、談合をするのです。他のデザイナーには、時間をかけずに適当なデザインを作って、しかも高い見積を出してもらうのです。

 そこでまた提案しました。「了解です。そのデザイナーさんにもデザインプランと予算を出していただきましょう。」ご主人がそうデザイナーに伝えると「それは困る。他のデザイナーにも、喫茶店のみのデザインの見積を出してもらいたい。建築設計士にはマンションだけの見積を頼むべきだ。我々飲食店デザイナーと違って、喫茶店の設計は素人だから。」と言うのです。

 建物全体の建築設計士が喫茶店のデザインもすれば、ずっと安くなります。分離発注してスケルトン(壁と床だけの状態)で渡し、その後喫茶店の工事をすると高くつくと言うのは、業界の常識です。建物を建てる段階でまとめて全部作った方が安いのは当たり前です。よほど有名な店舗デザイナーに依頼するような高級店でない限り、こんなことはしません。また、建築設計士だから喫茶店のデザインが下手だなどということはありません。

 つまり、このデザイナーが、分離入札を希望したのは、全体の入札を出されたら、自分の見積がずいぶん割高になることがばれるからなのです。

 そこで、表向き、言われた通り、喫茶店部分は分離発注と言うことで見積を進めることにしました。許可なしに黙って物事を行う事を、この業界で「だまてん」と言います。奥さんには了解を貰った上、このデザイナーとご主人に黙って、建築屋さんにも喫茶店を含めた全体のデザインと見積を出してもらいました。分離して頼んだ場合と、まとめて頼んだ場合の価格差を見た上で、ご主人にも判断してもらいたかったのです。

 ここまで競争入札にこだわったのは、建築業界ほど価格幅が大きい業界はほかに無いと思うからです。しかも、高いから良いとは限りません。この建物は3億ほどの建築費でしたが、競争入札の上下幅は6000万円以上になるでしょう。もちろん談合を仕組まれたら一巻の終わりです。

 談合を予防するには、信頼できる設計士に頼むことです。同級生とか、親しい友達の建築会社から紹介してもらうのは危険です。バックをもらっている可能性大です。

 談合の仕組みを説明しましょう。A社に見積依頼が来たとします。A社は他のどの会社が依頼されているか分かりません。談合のドンのような役割の人がいて、その人に談合してこの仕事を取らせてほしいと言う依頼をします。ドンが、全業者に連絡して、どの会社が同じ依頼を受けたかを調べます。しかし、どの会社も自分が取りたいと思っているわけで、本件に関してはA社に譲るべきだと言う理由が必要になります。

 ですから、入札結果が出る前に、特定の見積業者の人と食事をしたり、そこに依頼することになるだろうと言うようなことをほのめかしたりするのは危険です。A社は、おもてなしや、その時の会話内容を使って、自分が仕事を取るべきだと主張するのです。他社も納得すれば、今回はあんたの会社に取らせてあげましょうと言う話がまとまるのです。地場企業と大手企業では、ドンが異なりますので、両方に入札してもらうと、談合しにくくなります。

 話を元に戻しますが、この手の入札はよくやりますので、受けそうな設計会社は心得ています。その中で20社ほど回りました。デザイン性の高い設計士さん2社や、低価格追求性の高い設計士さん1社を含め、合計7社に入札参加してもらうことになりました。彼らにクライアントと面談していただいて、意向を伝えました。要望の内容は以下の通りです。

期間2週間

ファサード(正面)のデッサン

建築概要説明図

喫茶店の平面図、概要、コンセプト

概算見積

家賃が高く取れる広めの1LDK

オートロック

追い炊き

自転車置き場

24時間利用可能ゴミ置き場

2頭ガスコンロ

ビデオ付きインターホン

家賃が多く取れるレンタブル比(建物の賃貸面積と共用部分の割合で、共用面積が少ないほど、取れる家賃が増えます)

ライブハウスが出来る喫茶店

防音設備

ステージ

PA

出演者の待機場所

入場の導線

グランドピアノの場所

 2社が辞退し、2週間後5社が提出してくれました。デザイン的に特に優れている案が一つ、また低価格で家賃が多く取れる効率的な案の2案にしぼり、検討することになりました。ご夫婦ともデザイン的に優れている案が低価格案より魅力的だと判断し、そちらに決めました。

 また、同時に行った喫茶店部分の見積は、社長の予想通りの結果でした。建築会社グループから出た見積と、デザイナーが出した見積が、倍近く違うのです。ここまで違うとは思っていませんでしたが、特に奥さんが驚いておられました。

 デザインは、ある設計士の方が突出したプランで他社を寄せ付けませんでした。皮肉にも、建築設計士の方が飲食店デザイナーより良いデザインが出来たという結果となったのです。この設計士は、前述の建築本体設計で決定した方でした。この方の見積は最低価格の見積より若干高かったのですが、建築設計も喫茶店設計も問題なくこの方に決定しました。

 この御夫婦は、デザイナーに断りに行ったそうです。「他に良いデザインで安く施工してくれるところがあったので今回申し訳ありませんでした。」と伝えたところ、そのデザイナーは「私の見積が一番安いのに!」と言い張ったそうです。

 奥さんには、前もってこのデザイナーが談合を企てているに違いないと伝えていたのですが、この言葉を聞いて「河野社長の言う通りだ!」と気がついたわけです。デザイナーは、談合したデザイナーたちの見積しか出ていないと思っていたので、自分の見積が最安値のはずだと思っていたのです。この話、「正直不動産」のエピソードで使えそうですね。

 建設工事競争入札は、設計士が指示した項目別に見積を行いました。また、バリュー・エンジニアリングも依頼しました。設計を少し変えただけで費用がずいぶん安くなる場合があり、建築会社にそれを指摘してもらうのです。これらの方法は、米国では当たり前ですが、残念ながら日本ではまだ少ないのです。下請け業者を明記してもらうこと、工事報告書に材料の品番写真(塗料の缶の写真など)を提出してもらうことなども要求しました。

 大手ゼネコン3社と地場ゼネコン7社に依頼しましたが、入札後もたたき合いになり、一番安かった入札よりさらに1000万円安く決まりました。1年後に完成し、マンションも満室になり、ライブハウスもオープンして、約20年間、常に満室に近い状態が続きました。こうしてこの御夫婦、末永くお幸せに老後を過ごされたそうです。

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早期退職して喫茶店経営:シミュレーションの大切さ、入札の落とし穴
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