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全米不動産協会626億で示談:コミッション制度崩壊:エージェント百万人減?

 去年、集団訴訟で全米不動産協会(NAR)と複数の大手不動産フランチャイズが訴えられ、敗訴したことをお伝えしました。米国では、売主が5~6%のコミッションを売主の仲介業者に払い、売りの業者がその中から3%取って、残りを買い側の仲介業者に分けるというのが普通です。買い側のエージェントは、コミッションが低い物件を買主に見せたくないので、コミッションを値切ったら売れないという仕組みだったのです。

 実は、すでに、物元になっても買側のコミッションは貰わない、という仲介業者があります。その業者が売りに出した物件を買いたい買主の仲介業者が、買主に噓をついて、それらの物件を買わないように仕向けていたことが発覚し、問題になったことがありました。

 この仕組みが不当であるとして、陪審は、$18億(約2700億円)の賠償を命じました。これは独占禁止法違反で、その場合、懲罰的賠償金として裁判官が後で賠償金を3倍に増やすことできます。そうなると$54億(8100億円)になるかもしれません。そんなお金はないし、上訴したのですが、同じような集団訴訟が各地で起きていましたので、それらをすべてまとめて、3月15日に$4億1800万(約626億円)で示談にしたのです。

 示談では、売主の仲介業者が買主の業者にコミッションを払うということを、マルチプル・リスティング・サービス(MLS、不動産売買ポータルサイト)に載せることはできません。買い側の仲介業者は、買主からコミッションをもらうようになるでしょう。もちろん買主はコミッションの低い業者を選ぶでしょう。売主は、コミッションが低ければ売れないという心配がなくなったので、買いの業者にコミッションを払いたくはありません。

 NARはこれで訴訟が終わったわけではありません。司法省も独占禁止法でNARを告訴しており、その行方はまだわかりません。今回の示談は、売主が買主の業者にMLSでコミッションをオファーすることを禁じているだけで、コミッションを払うこと自体を禁じているわけではありません。しかし、司法省はそれも禁止するかもしれません。

 売買契約の交渉に買い側の業者の利益が絡むと、交渉が複雑になります。本来は、売主と買主の交渉であるはずですが、仲介業者とも同時進行で交渉しなければならないというのでは、話がこじれてしまいます。

 また、この示談は裁判所が承認しなければ成立しませんので、これで決まりというわけではありません。承認するかどうかの裁決は7月の予定で、施行はその後になります。

これからどうなる?

 NARは、今は売主がコミッションを全部払うので、特に初めてマイホームを購入する人は、初期費用が減って買いやすいことを、この制度のメリットとして挙げていました。すでに持ち家のある人は、その家を売って頭金を作ることができますが、初めての人が十分な頭金をそろえるのは大変です。原告側の言い分は、コミッションが高い分、家の値段が上がっており、それが下がれば売値も下がるというのです。

 今回の示談によってコミッションが一挙に下がるとは思えませんが、全部で3%前後に落ち着くのではないかと言われています。特に、買い側のコミッションは1%くらいまで下がるかもしれず、さらに家の売値も下がれば、初めての購入者にとっても大きな負担にはならないかもしれません。

 NARは全米最大の職能団体で、コロナで不動産の景気が良かったときは、会員が160万人まで増えましたが、現在は150万人ほどです。コミッションの総額は、年間$1000億程度で、それが半分になれば、単純計算だと不動産エージェント(リアルター)も半分に減ります。しかし、リアルターのほとんどは自営業で、パートの人も多く、十分に稼げそうにない人が100万人くらい辞めるかもしれないと言う予想もあります。

 そうなると、NARの会員数も激減します。また、エージェントがNAR会員になる必要がないとするフランチャイズも増えてきました。NARの代替団体も現れ、NARがMLSを独占することもできなくなり、その影響力は激減するでしょう。ちょうどこのタイミングでNAR上層部のセクハラなどのスキャンダルも発覚し、将来が危ぶまれます。

 ほとんどのリアルターは今回の判決に反対していると思います。これに関するNARのニュースレターやポッドキャストも、この問題の本質に触れるものは見当たりません。示談は、通常、被告が自分の過ちを認めないという条件付きですので、示談後に示談に関する深入りしたコメントはしないのが普通です。

良いことか悪いことか

 私は、アメリカのコミッションが世界水準まで下がることは国民にとっていいことだと思います。長い目で見ると、リアルターにとってもいいことで、リアルターが減り、今までのように営業に時間をかけなくても仕事が来るようになり、生産性が上がります。

 営業に時間をかけて競争して、月1回くらいしか仲介ができなくても、一件の売買で得る収入が多いので、リアルターになる人が多かったのです。一件当たりの収入が減ると、片手間にやっていたリアルターはどんどん辞めていくでしょう。その代わり、本格的に取り組んでいるリアルターは、営業にそれほど時間をかけなくても仕事が来るようになります。

 これを先取りしたのがレッドフィンです。レッドフィンは、もともと不動産ポータルサイトでしたが、その宣伝力を利用して仲介フランチャイズを始めました。通常の仲介業者と異なり、リアルターは自営業ではなく従業員で、流れ作業のように自分の受け持ちの仕事に集中するようにしたのです。

 コミッションを下げ、営業をしなくても、サイトからお客さんの問い合わせがあり、今までのような営業上手な人でなくても、実務ができる人であれば務まるのです。給料も自営業者の倍くらいもらえます。

 辞める人がかわいそうだと思うかもしれませんが、どうでしょう。リアルターになる人は、一獲千金を夢見ている人が多いと思いますが、それを現実にできるのはごく一部です。そんなはかない夢を見ているよりは、他の仕事に就いたほうがいいかもしれません。

 空前の景気だった2022年でさえ、リアルターの所得の中央値は$56,400で、850万円ほどです。高いと思うかもしれませんが、米国ではこれは低所得者層とみなされます。記録的に低い失業率で求人難の今、毎日何時間も営業をしているよりは、ちゃんと需要のある仕事に就いたほうがいいのではないでしょうか。

日本はどうなる

 そこで気になるのが日本のコミッションです。米国と違って、売主も買主も、それぞれ自分が契約した業者に払っているにもかかわらず、なぜ下がらないのでしょう。

 それは、これが相場だと言われれば簡単にそれを受け入れてしまう日本人のお人好しさにあると思われます。米国では、相場がいくらかをクライアントに告げることさえ違法です。政府がコミッションの上限を3%に設定していることが、逆に3%取るのが当たり前という環境を作っているのかもしれません。

 また、談合をしていなくても、業者間で暗黙の了解があると感じます。競争をしているサービス業者が、同様のサービスを全く同じ料金で提供していることがよくありますが、これは米国では考えられないことです。

 令和4年度末における日本の不動産仲介業者数は、ほぼ13万です。複数の事業所を持つ会社もありますので、それを足すともっと多いはずです。毎月のように行く理容室(11万)や、毎日のように行くコンビニ(6万)よりも多いのです。

 すべてが売買仲介をしているわけではありませんが、単純計算だと、日本の人口が1億2千万ほどですので、お客さんの数は1社につき千人にも足りません。そんな小さなパイでもやっていけるのは、コミッションが高いからではないでしょうか。

 通常、行くことがたまにしかなく、一度に使う金額が高い店舗、例えば車のディーラーなどは、閾値人口が高いはずですが、それが逆になっています。在庫やインフラが必要なく、簡単に会社を始めることができること、成績の良い営業マンは、自立したほうが儲かることなども、店舗が多い理由ではないかと思われます。

 日本人労働者の生産性は米国の6割弱で、OECD加盟38か国中29位です。なんと、ポーランドやハンガリーなどの東欧諸国と同じレベルなのです。業種別に見ると、最も低いのが農業や鉱業ですが、一般的な職業の中で最も低いのは不動産です。不動産業の生産性が高くなっている統計もありますが、それは労働者不足で機械化が進んでいる建築業なども含めているからのようです。

 この人手不足の中で、営業に明け暮れする時間があるのなら、もっと実質需要がある仕事をしたらどうでしょう。また、コミッションを下げたら、もっと売買も盛んになり、需要が増えるのではないでしょうか。

 日本でも、売主の味方という会社がコミッションを下げて成功しましたが、内輪もめで解散したそうです。実は弊社の河野社長が個人的に知っている人物が関わっていて、少し内情を知っており、うまく行かないのではないかと思っていたそうです。

 辞めた若い社員がソニー不動産に入り、低コミッションのビジネスモデルを試みましたが、それもうまく行きませんでした。詳しいことはわかりませんが、当時のソニー不動産は、できたばかりで、初期投資が多すぎて赤字だったようです。

 レッドフィンは、先に不動産ポータルサイトとして確立されていました。ソニー不動産のポータルサイトは、当時まだ開発中で、サイトが営業をしてくれるとまではいかなかったのかもしれません。エージェント制を取り入れたことは、当時の日本では革新的でしたが、米国では古い制度で、逆効果だったのかもしれません。レッドフィンは世間に逆行して従業員制にし、薄利多売で利益を上げています。

 日本の不動産大手も、米国のトレンドを注視しているはずです。私も、ある大手の会社からレッドフィンに接触したいという話があり、そのお手伝いをするかもしれません。もしレッドフィンのようなビジネスモデルが日本で始まったら、日本はどうなるのでしょうか。実際、ある不動産ポータルサイトの社長さんの話では、「まさか仲介は始めないでしょうね」とよく仲介業者から聞かれるそうです。

 そうなると、国民は喜ぶと思いますが、後手に回った業者は、米国のように3分の2が淘汰されてしまうかもしれないような危機に直面するのでしょうか。日本人労働者の生産性を上げ、日本を豊かにするには、それも必要なことなのかもしれません。島国で、世界の変化に疎い日本が、不動産の世界でも取り残されていくようで、気がかりです。日本は、近い将来、先進国でコミッションがダントツ高い国になるかもしれません。

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全米不動産協会626億で示談:コミッション制度崩壊:エージェント百万人減?
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