フリーランサーの規定とは
私は、以前、病院や警察などの公共施設に通訳を安く提供する非営利団体で、独立請負人として働いていたことがありました。ところが、ハワイ州から、通訳を全員従業員にしなければならないという通達があり、ほとんどの通訳がアルバイトで働いていたにもかかわらず、全員が従業員になったのです。その時のハワイ州の言い分は、「いつどこで仕事をしなければならないか」をこの団体が指定する限り、フリーランサーではないというのです。
私はこの言い分には納得できませんでした。と言うのは、「いつどこで」は指定されますが、その「仕事をしなければならない」わけではなく、仕事を取るか取らないかは本人の自由だったからです。その証拠に、ハワイ州の裁判所の通訳は、全員独立請負人でした。先日、イギリスで、ウーバーの運転手が従業員にならなければならないという法律が可決されたそうですが、それがきっかけで、なぜ裁判所は従業員にしなくてもいいのに、この団体はそうしなければならなかったか、分かってきました。
フリーランサーを従業員にする:PRO(Protecting the Right to Organize)法案
フリーランサーを従業員扱いしなければならないという動きは米国にもあるのですが、革新的なカリフォルニア州でも、ウーバーの運転手や不動産エージェントは除外されてきました。しかし、民主党のバイデン氏が大統領になって、連邦法でこれらの職種を従業員にする動きが現実的になってきました。これをPRO(Protecting the Right to Organize)法案と呼びます。
過去のブログでも、レッドフィンなどの不動産サイトを利用した仲介業者が、個々のエージェントの営業力に頼る必要がなくなり、エージェントを従業員として雇って、流れ作業のように仕事をするようになり、現在全米で従業員として雇われているエージェントは5%しかいないのですが、これから増えるのではないかということを述べました。しかし、それが法律で義務付けられるということになると、新しいビジネスモデルがこの業界を変えるのではなく、この法律が不動産業界を大きく変えることになるでしょう。
カスタマー・ファースト:全米不動産協会(NAR)が独占禁止法で訴えられる
従業員にしなければならないかどうかを見分け方にはいくつかありますが、不動産エージェントに最も関係が深いのは、「独立請負人とみなされるためには、雇用者の通常のビジネス以外に従事していなければならない」という条件です。この場合、雇用者とは仲介業者で、仲介は雇用者の通常のビジネスです。エージェントの仕事はまさに仲介ですので、独立請負人にはなれないというのです。例えば、私は通訳もしていますが、通訳は仲介業者の通常のビジネスではありませんので、通訳を独立請負人として雇うことはできます。ハワイ州裁判所が通訳を独立請負人として雇えるのに、通訳派遣団体はそれができないというのは、これが理由だったのかと納得しました。
PRO法案が可決される可能性は?
何事にも規制を嫌う共和党は、これに大反対するかと思いきや、案外そうでもなさそうです。FBやツイッターなどのSNSは、出版社ではなく、市民が各自の意見を載せるプラットホームですので、その内容が原因で誰かが何らかの損害を受けたとしても、賠償責任から法律で守られています。ところが、多くのSNSが、特に共和党支持者による投稿を検閲することが多くなり、それなら出版会社と同じように、投稿内容に関して責任を取るよう法改正をするべきだと、共和党は主張しています。
共和党は、この法案を、PRO法案と引き換えに通そうとしているらしいのです。それ以外にも、今はメキシコ国境に難民が押し寄せており、長年合意できないままになっている移民法改正、そしてバイデン大統領の増税案などの方が、ずっと大きな問題で、今はPRO法案どころではないというのが実情のようです。というわけで、PRO法案は、原案通りではないとしても、可決される可能性の方が高いと見る人もいるようです。
法改正の影響
もしそうなると、色々な影響があると思いますが、いくつか挙げてみましょう。エージェントの多くは、上司に縛られないで、自分のペースで仕事ができることを好む人が多いと思うのですが、それを続けたい人は、ブローカーのライセンスを取って、自らが自営業の仲介業者になるでしょう。今でも、ライセンスを取って一人で仲介をしている自営業のブローカーは多いです。ブローカー・ライセンスを持ちながら、エージェントとして仕事をしている人も多いのですが、かなりの人が独立すると思われます。
ちなみに、私はもうリタイヤしてもいい歳なので、自分のペースで仕事をしたいのですが、ブローカーのライセンスを取って独立することを考えるかもしれません。IREM(全米不動産管理協会)やCCIM(全米認定不動産投資顧問協会)のセミナーやコンフェレンスの通訳で出張が多いのですが、従業員として休みを取りながらそれをすることは困難です。
先日可決されたばかりのCOVID-19救済法に、連邦最低賃金を$15に上げるという法案を盛り込むことは、8人の民主党上院議員と50人の共和党議員全員が反対して達成できませんでしたが、州や市によっては既に$15になっているところもありますし、これからも増えるでしょう。その場合フルタイムの給与は年$3万になります。NAR(全米不動産協会)の2019年の統計によると、リアルターの年収の中央値は$49,700で、日本とは比べ物にならない健康保険料などの福利厚生を計算に入れると、これは年$3万の給料とほぼ同額です。ということは、リアルターの半分は、今まで以上に働いてフルタイムの従業員になるか、パート雇用になるか、辞めるでしょう。
NARは、米国最大の職能団体ですが、会員が激減し、ロビー活動などを含め、その影響力は衰えるでしょう。同時に、現在全国600ほどの市場で運営されているMLS(売り物件の公式サイト)も財源が減りますので、より広い地域に統合されるでしょう。
不動産仲介業者の未来
私は政治のことはよく分かりませんが、基本的に政府が細かく口を出すことには反対です。でも、安い報酬で働いているウーバーの運転手がこれで助かるなら、それもいいかなと思います。また、個々のエージェントの営業力に頼って、営業に多大な時間を使わせるのは、生産性が低いと思いますし、レッドフィンのように、営業はITが人間に取って代わる時代がすぐそこまで来ていると思います。NARの弱体化も、このような新しいビジネスモデルを生み出すためには、従来の縛りが弱まって良いかもしれません。MLSの統合も、特に思いつく問題はありません。
しかし、民主党はそんなことを考えてこの法案を通したいわけではありません。PRO法のPROとは、「組織化する権利を守る」というフレーズの頭文字で、弱体化している労働組合を助けて、支持層である労働組合員の数を増やすことが狙いでしょう。仲介業者は、政治に巻き込まれて、大変革を迫られることになるかもしれません。
参考 Is independent contractor status for real estate agents coming to an end?inman